おはようございます。
今日は「Didit」をリサーチしました。
概要|Diditとは?
変遷|バルセロナ発、双子の起業家とY Combinator
考察|「無料KYC」は本人確認の常識を変えるか
TL;DR
Diditは、KYC(本人確認)・AML(マネロン対策)・不正検知をAPIひとつで提供する開発者向けアイデンティティ基盤です。最大の特徴は、コア機能を月500回まで永久無料にした「無料KYC」モデルで、自らを「Stripe for Identity」と位置づけています。
14,000種類以上の身分証・220以上の国と地域に対応し、ライブネス(生体の実在判定)・AMLスクリーニング・暗号資産ウォレット審査(KYT)までを統合。web3取引所やフィンテックが直面する本人確認とコンプライアンスの重さを、価格と開発体験の両面で軽くしにいきます。
2026年5月にY Combinator主導の$7.5Mシードを完了し、月30%超の成長で黒字化目前。Sumsub・Onfido・Jumioといった既存大手より圧倒的に安い価格で、コンプライアンス市場の「基盤」を取りにいく挑戦者です。
概要|Diditとは?
Diditは、スペイン・バルセロナ発のアイデンティティ・インフラ企業です。開発者がKYC・本人確認・不正検知を組み込むためのAPI・SDK(Web/iOS/Android/React Native/Flutter)を提供し、フィンテック・クリプト・マーケットプレイス・iGaming・モビリティ・政府機関などに使われています。
最大の特徴は、本人確認のコア機能(ID検証+ライブネス+顔照合+IP分析)を月500回まで永久無料にした点です。
従来この領域は、Sumsub・Onfido・Jumioといった大手が月数百ドル〜の有償契約で握ってきました。Diditは「最初の500回はタダ、超過分は1回$0.33」という透明な従量課金に切り替え、スタートアップが本人確認を導入する際の障壁を一気に下げました。実際、同社の顧客の約8割は「本人確認サービスを初めて使う」層だとされ、市場を広げる戦略がはまっています。
◼️解決する課題
Diditが狙うのは、本人確認・コンプライアンス領域に積み上がった以下の摩擦です。
コストの高さ: 既存ベンダーはDiditの3〜5倍高く、最低契約額や複雑な見積もりが導入の壁になっていた
開発の重さ: 書類アップロード・生体認証フローの実装、複数ベンダーの組み合わせが煩雑
規制対応の複雑さ: 国ごとに異なるAML・本人確認規制への対応、リアルタイムの制裁リストチェック
web3特有の課題: 暗号資産ウォレットのスクリーニングや取引監視(KYT)の煩雑さ
◼️プロダクトの柱
1. KYC/本人確認 — 「再利用できるアイデンティティ」
220以上の国と地域、14,000種類以上の身分証、1,000以上の政府データソースに対応します。OCRで券面を読み取り、姓名・生年月日・国籍・有効期限・住所・MRZ(機械可読ゾーン)などを構造化して返します。さらに、ePassportやICカードのチップを読むNFC読み取り(1回$0.15)に対応し、券面の偽造に強いのが特徴です。
最大の差別化が「再利用可能なID」です。一度検証したユーザーは、専用エンドポイント(/v3/session/{id}/share/)を通じてDiditネットワーク内の別の事業者と検証結果を共有でき、ユーザーは再度の本人確認なしに認識されます。決済を一度きりの作業から「使い回せるインフラ」に変えたStripeのように、本人確認も「毎回ゼロからやるもの」から「一度作れば繰り返し使えるもの」へ——これが「Stripe for Identity」の核心です。検証の99%は2秒以内(p95で約1.4秒)に完了します。
2. 生体認証/ライブネス — なりすまし・ディープフェイク対策
ユーザー操作の要らないパッシブ($0.05)と、首振りなどのチャレンジを求めるアクティブ($0.15)の2方式を用意します。判定は0〜1のライブネススコアで行い、「30%未満は却下/30〜60%は要レビュー/60%超は承認」といった閾値を事業者がワークフロー上で調整できます。
過去に承認済みの顔と一致する「重複顔(なりすまし疑い)」や、1枚に複数の顔が写る「複数顔」も検出します(その場合は最大の顔を採用)。1:1の顔照合は0〜100のスコアで返ります。これらを含め、1セッションあたり200以上の不正シグナルを評価する多層防御になっています。
3. AML/取引監視 — AIがルールを自動チューニング
10,000以上のAMLデータセット(制裁リスト・PEP=重要公的地位者・ネガティブメディア)に照合し、ヒットを種類別(制裁/PEP/警告/メディア)に返します。料金は、ワンタイム審査が$0.20、継続モニタリング(日次の再スクリーニング)が$0.07/ユーザー/年、取引監視が$0.02/取引です。
注目は、取引監視のルールエンジンが「パターンの変化に合わせてAIがルールとワークフローを自動調整する」点です。手動でルールを書き続けなくても、不正の手口の変化に追従できる設計になっています。規制面ではAMLD6・eIDAS 2.0・DORA・MiCAに対応します。
4. ウォレット/KYTスクリーニング — web3の肝
暗号資産ウォレットの送金前後を審査します(1回$0.15)。取引エンドポイントの中で、カウンターパーティ(送受信相手)の制裁チェックと、オンチェーンのウォレットリスク評価を同時に行えます(AML取引審査として$0.15/取引)。
Chainalysis・Crystal・Merkle Science・Ellipticといったオンチェーン分析との統合がドキュメントに記載されています。
ここが取引所・DeFiにとっての肝で、トラベルルールやAMLを満たしながらオンランプ(法定通貨→暗号資産)を運営するための土台になります。
5. 多層の不正シグナル — 書類だけで判断しない
デバイス&IP分析($0.03)では、VPN・プロキシ・Tor・ホスティング利用の有無とリスクスコアを返します。これに重複検出・ブロックリスト照合・「proof of human(ボット検出)」を組み合わせ、書類や顔だけでなく接続環境や挙動まで含めて総合判定します。
◼️開発者ファースト&AIエージェント(MCP)対応
Diditは単一のREST API(POST /v3/session/)、OpenAPI 3仕様、HMAC-SHA256で署名されたWebhookで構成されます。全モジュールの価格が公開され、サンドボックスを即日利用できるセルフサーブ型です。
SDKはWeb(React/Vue/Next.js/Svelte等)・iOS(Swift)・Android(Kotlin)・React Native・Flutterを揃え、ドラッグ&ドロップのワークフロービルダーやホワイトラベル、Zapier/Shopify/Salesforce連携も用意しています。
圧巻はMCP(Model Context Protocol)サーバーです。40以上のツールを公開しており、Claude Code・Codex・CursorといったAIエージェントに「Diditを統合して」と頼むだけで、エージェントがワークスペースの作成・ワークフロー設定・最初のAPIコールまで自律的に実行します。.cursor/mcp.json等に設定を置けば、管理画面を一度も開かずに統合が完了します。
変遷|バルセロナ発、双子の起業家とY Combinator
◼️創業背景
Diditが掲げるのは「AI時代のアイデンティティ・インフラ」です。生成AIによってディープフェイクやなりすましのコストが劇的に下がる一方、本人確認の重要性はむしろ高まっています。Diditは、この「AIが不正を作る側にも回る時代」に、本人確認・不正検知を安価かつ開発者フレンドリーに開放することを狙って立ち上がりました。
◼️創業者プロフィール
Alberto Rosas García(CEO)/Alejandro Rosas García(CTO): 一卵性の双子の兄弟が共同創業者です。AIエンジニアリング・web3・ヘルステックの経験を持つとされます(前職の詳細の一部は※要確認)。
現在のチームは31名規模(2026年4月時点)と少数精鋭で、月30%超の成長を維持しています。
◼️創業からのタイムライン
2023年: バルセロナで創業
2026年初(W26): $2Mのプレシードを調達し、Y Combinatorの2026年冬バッチに参加
2026年5月: サンフランシスコにオフィスを開設し、グローバル展開を加速
2026年5月26日: シードラウンドを総額$7.5Mでクローズ
◼️資金調達履歴
2026年初: プレシード $2M(YC参加時)
2026年5月26日: シード $7.5M(累計)— リード: ★Y Combinator、参加: Pioneer Fund、Orange Collective、Founders Future、Phosphor Capital、SaaSholic、Rebel Fund。エンジェルとしてTomer London(Gusto共同創業者)、Taro Fukuyama(Fond創業者)も参加
◼️業界全体の変遷
KYC・本人確認は長らく「高くて重い、しかし避けられないコスト」でした。各国のAML規制強化、暗号資産のトラベルルール、フィンテックの普及で需要は増え続けています。そこに生成AIが加わり、ディープフェイクによる本人確認突破が現実の脅威になりました。結果として、本人確認は「書類を見る」から「生体・デバイス・挙動など200以上のシグナルを総合判定する」方向へ進化しています。Diditは、この高度化したスタックを安価に開放することで市場の裾野を広げにいっています。
◼️競合プレイヤー
Sumsub: 老舗のエンタープライズ向け統合スイート。月$299〜と高め。Diditは1回$0.33+無料枠で対抗します。
Onfido(Entrust傘下): AIベースの生体・書類認証に強み。価格は非公開で高額とされ、Diditは3〜5倍安いと主張します。
Jumio: グローバル高精度、6,500以上の書類タイプ。Diditは14,000以上の書類・220以上の国・公開価格で勝負します。
Persona: KYC/KYB/制裁チェックを統合。Diditは単一APIでのカバレッジと無料枠が差別化点です。
Veriff/Sardine/Civic: それぞれ生体認証・不正検知・分散型ID系。Diditは「無料KYC×開発者体験×透明価格」の組み合わせで独自ポジションを取ります。
差別化としては、スペインの金融当局(SEPBLAC/CNMV)がDiditのNFC+アクティブ・ライブネスを「対面同等以上」と検証した点も挙げられ、業界では珍しい明示的な政府お墨付きを得ています。
考察|「無料KYC」は本人確認の常識を変えるか
最後は総括と考察です。
Diditの本質は、「コンプライアンスは高くて当然」という業界の前提を、価格破壊と開発体験で崩しにいっている点にあります。強みと弱みを整理します。
◼️強み
無料KYCによる獲得力: 月500回まで無料という設計は、スタートアップにとって導入の心理的・金銭的障壁をほぼゼロにします。顧客の8割が本人確認の新規利用層という事実が、市場拡大効果を裏づけます。
透明な従量課金: $0.33/回、$0.02/取引、$0.15/ウォレット審査という公開価格は、見積もり交渉が前提だった業界では際立ちます。
web3コンプライアンスへの適合: Chainalysis等と統合したウォレット審査・KYTは、取引所・DeFiのオンランプにそのまま刺さります。
政府検証という信頼の裏づけ: スペイン当局の検証は、規制が厳しい領域での営業上の強力な武器になります。
◼️弱み・リスク
無料モデルの収益化: 「ランド&エクスパンド(まず無料で広げ、後で課金)」が機能するかは、無料層がどれだけ有料に転換するかに依存します。転換が鈍ければコスト先行になります。
大手の値下げ反撃: Sumsub・Onfido等が無料枠や低価格で追随すれば、価格優位は縮小します。
規制・責任リスク: 本人確認の見落としは、顧客(取引所等)の規制違反に直結します。安価でも品質を落とせない、ミスの許されない領域です。
情報の非対称: 評価額・詳細な創業背景など未公開の情報が多く、初期段階のスタートアップ特有の不確実性が残ります。
◼️個人的な見解
Diditで面白いのは、「コンプライアンスを無料で配る」という一見すると逆説的な戦略です。これは、決済を限りなく薄いマージンの土管にしたStripeと同じ系譜にあります。
コンプライアンスという”避けられないコスト”を限界まで薄くし、その上で大量のトランザクションから薄く広く収益を取る——うまくいけば、本人確認は「専用ベンダーと契約するもの」から「APIで当然に組み込むもの」へと位置づけが変わります。
暗号資産取引所、ウォレットによるAIエージェント操作において、本人確認インフラを誰が握るかは、業界全体の信頼コストを左右します。今後、インフラになり得るであろうプレイヤーの1つだと感じたので、今後も追いかけていきたいです。
参考リンク
公式サイト: didit.me
価格: didit.me/pricing
ドキュメント: docs.didit.me
Y Combinator: ycombinator.com/companies/didit
シード調達リリース: Didit Closes $7.5M Seed Round (PR Newswire)
FinTech Global: Didit targets programmable identity with $7.5M raise
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